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『線は、僕を描く』~これは「命の再生」の物語~2020本屋大賞ノミネート作品

2020年本屋大賞のノミネート作品だという。
加えて「週刊少年マガジン」で漫画化もされているという。
さらにメフィスト賞の受賞作だという!

それは面白くない訳がない!と二重否定してしまうほど面白いことが保証されているようなもの。

あなたはもう読みましたか?
命の再生の物語を体験しましたか?

題名の妙に引き込まれる

ふと見逃してしまいそうな、違和感。

題名です。

「僕は、線を描く」ではなく、「線は、僕を描く」。これだけで物語の「僕」が受動的であることを予感します。

そして表紙のカバータイトルは繊細な水彩調の明朝体。そこからデリケートで傷つきやすい青年が浮かんできます。

主語を「僕」にするならば、「僕は、線に描かれる」。

では、線とはなにか。
デッサンの素描の線なのか?
文字を線に見立て、文章で表現されるのか?

さて、それは…?

「水墨画の世界」から見えるもの

ここで描かれているのは「水墨画」という、少し特殊な世界。特殊というよりは、馴染みが薄いと言った方が本当でしょうか。

主人公の年齢は18歳。ちょうど高校3年生から大学一年にかけてのほぼ1年が書かれています。

18歳と言えば、保護者に守られて生活していた圏内から社会に向けて巣立ちの準備を始める年代。

主人公は青山青年ひとりですが、この話は彼を取り巻く同年代の揺れ動く自我・主観・認識が丁寧に描かれている青春譚でもあります。

もし読者が同年代なら、この少し大人びた登場人物達から学ぶところも多いのではないでしょうか。

さて。

私が本を読んで楽しいと思う瞬間は「読書によって知を得られること」と「読書内容が呼び水となって思考が広がること」がありますが、この本はそのどちらの体験も出来るところがとても秀逸だと思う所以です。

しかも、とても深い体験をすることが出来る。

実は作者の砥上裕蔣さんは本当の水墨画家でもあります。ですから水墨画の世界が内側から描かれている場面が度々出てきて、とてもとても興味深い。

芸術家の心理とは、このように内面を追求するものなのか。

極めて個人的な事だけにインタビューでもなければめったに聞くことが出来ないはずですが、ここでは青年の成長物語の軸として綿密に書き綴られています。

仙人の域にでも達しなければ理解できないと思っていた水墨画が、こんなに温かく美しい目を持って描かれていたとは…。画の世界を文字で伝える表現力が本当に素晴らしくて、グイグイ物語に引き込まれてしまうのです。

水墨画の知識を得ただけでも充分だとさえ思えるのですが、実はこの本の主軸はもう一つ奥に隠れています。

軸としての「命」に焦点を合わせて

この物語のキーワードともいえる「空白」。空虚や白い箱と表現方法が変えられて、何度も何度も出てきます。

これは言うなれば、これは人生の苦味だと思うのです。

わかる人にしかわからない感情と言えばミもフタもないのだけれど、苦みは生きる上での大切な味覚の一つでもある。

経験していないあなたは幸いですが、だからこそ想像して欲しい。

何も感じられない・何も見えない・何も届かないそんな場所から、主人公が体験し何かを会得するごとに線が見え、墨の香りがして、モノトーンの世界が色を持ち、温度を伴う。

自身の心に向き合ってじっと見つめる水墨の世界が、主人公の生命に再び力強い鼓動を導き出す瞬間です。それこそが生命の歓(よろこ)びであり、生きる原動力なのだと私たちは気付くのです。

本を読んだ後はきっと温かな余韻に包まれることでしょう。

読んで良かった、本当にそう思える物語です。