学校図書館のしごと

学校司書が生徒の悩みに寄り添うこと

生徒達に身近な学校図書館で、私達学校司書は日々彼らの悩みに寄り添っています。
様々なケースに応じる時に、何が正解なのか、学校図書館として出来ることは何かを考えました。

生徒達は悩みを抱えてやって来る

ある意味、学校図書館という所は悩みを抱えてやってくる場所なのかもしれません。

本を借りに来るのは「読みたい本が手元に無い」という悩みで、自習場所として使うのは「静かに勉強する場所が欲しい」という悩み、バスの待ち時間に来るのは「暇をつぶすのに手頃な場所が必要だ」と訪れている訳です。

一見、解決策はわかりやすい。読みたい本は借りればいいわけで、自習するには机を利用し、待ち時間には来館すればよい。

しかし解決にたどり着けない場合が厄介なのです。

本を借りたいけれど、読みたい本が見つけられない場合は。
ここで自習をするのは、なぜなのか。
持てます時間は「何までの」待ち時間なのか。

極端な例になりますが、親が離婚や再婚したり経済状況が悪化したりした場合、学校はプライバシーの問題もあり家庭の実情に踏み込みにくい傾向にあります。学校側が踏み込んだ時には、既に何か問題が起きた後ということが往々にして起こります。

その前段階の悩んでいる状態の時に、解決策や居場所を求めて学校図書館に来る生徒は少なくありません。その時に学校司書が、糸口をつかめる場合もあるのです。

学校図書館は最後の砦かもしれない

生徒はとりあえずの表面的な問題を解決しようとしますが、根本的な問題には届かないことが多いのです。

それでも「○○の本はありますか?」と聞いてくる生徒は、本当に嬉しい。私達学校司書が何か出来るかもしれない“きっかけ”を作ってくれるからです。

それは単に読みたい作家の本が入荷しているかを聞いているだけのこともあるし、宿題の本の題名かもしれない。

でも単純さだけで無い場合には、司書の勘が働きます。

本棚まで案内して一緒に歩きながら、「どうして探してるの?」や「それだったらこういう分野はどう?」などと少し雑談っぽい雰囲気に持っていきます。真の目的は、少しだけ踏み込んで探りをいれることです。

自習している生徒も同じで、進学校の場合や、成績上位の生徒であれば、より集中して勉強する目的で図書館に来るのはよくあることです。しかし、居場所を求めてきている場合は少し注意が必要です。

これまであった例は、親が再婚して家に帰りたくない、義理の弟妹の面倒を見なくてはならず勉強のために自室にこもることが出来ない、そもそも勉強場所がない。

親が離婚して、あるいは経済状況が悪化して、とても進学したいと言える状況には無いが、勉強することを諦めたくない。

成績が悪く、どうにかしたいがどうしたらいいかわからず、とにかく勉強している。友人や兄弟にも馬鹿にされて悔しい。

いずれも去り際が悪いというのが同じ特徴で、問題を抱えていることに気付きました。

例えば5時閉館であれば、我を忘れて没頭している場合を除いて、5~10分前の勉強の区切りの良いところで切り上げて帰る生徒がほとんどです。

ですが、問題を抱えている生徒は「勉強場所」=「居場所」でもあったために、時間ギリギリか、あるいは「もう少しだけ」と時間オーバーを求めたりすることが多かったのです。

理由がわかれば対処することも出来ます。自立と進学を望んでいる場合には奨学金や特待生の制度があること、また学校図書館以外の居場所として自習スペースのある公共図書館のことなどです。またどうしても授業についていけない生徒は担任教師に連絡をとり、対策を取ってもらえることになりました。

押し付けずに「提示する」ということ

これは学校の立場に限らず世の中どこでもなのですが、意外に学校という狭いコミュニティで忘れられがちで、とっても重要なこと。それは、生徒はひとりひとり価値観が違うということ。

社会も学校も多種多様な価値観を持つ人々の集合体です。価値観に正解も代表もリーダーもなく、すべて尊重してしかるべきで、互いを認めて一緒に歩むことがあるべき姿です。

しかし学校という所は「指導」という要素が含まれる場所でもあります。指針が必要であり、物差しが置かれる。

もちろん大前提として悪の要素は価値観から除かれ、社会を生きていく上で一定のルール上で善の要素が成り立ちます。

それがとても難しいのです。

先日ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユフスザイさんが訪日した際に、安倍総理大臣に女子教育の充実を訴えました。私も心から賛同します。もちろん女子に限らず、男子でも同じです。教育は社会を変える。教育は社会を是正し高みに持ち上げる。人格形成に於いて後回しにできない類のものです。

ここで、職業の本を探しに来た生徒の例です。彼女は高校2年生で、高校卒業後は就職したいので職業についての本を探していると言ってきました。

単純に職業別紹介本の場所や職業辞典の棚を教えて終わることも出来るのですが、その後に気さくな会話が出来た事もあって私的な話題になりました。

経済的に余裕がない家庭の彼女は、今もアルバイト代を学費の一部に充てている状況。それでも費用と活動時間の負担が少ない部活に入り、学校生活を楽しんでいます。

読書は好きだけど、将来は経済的な事もあって就職を選ぶつもりだ。就職といっても他の業種は知らないし、今アルバイトしている外食チェーンにそのままいてもいいかなと思っている。

自分の母親も高卒後ずっとパートタイマーで働いてきて、正社員になったら面倒な仕事をさせられるよと言うので、正規雇用は良くない事だと思っている…。

学校司書として難しいなあと思うのです。もちろん、正規雇用を勧めたい気持ちとその理由、それ以外にもたくさんの職業があるということも、あるいは進学を勧めたい気持ちだってある。

でもそれは、彼女(あるいは母親)の価値観を否定したり傷つけることになるまいか。

きっともう少し学べば、なぜ非正規雇用ではなく正規雇用を目指す人が多いのか、正規雇用の機会はそれほど無くて新卒は最大のチャンスであること、責任ある仕事には価値があることも、大学で学ぶ意味もわかるでしょう。

マララさんの言うとおり、知識は最大の武器です。もし彼女が、非正規雇用のメリットもデメリットも知った上で選ぶのなら問題はないのです。しかし、今の彼女には母の言葉しか無いというのは、やはり教育の欠如と言えるのではないでしょうか。

でもそれだって、価値観のひとつにすぎないとも言えます。学校教育の方針であるとしても。

本人の価値観を受け入れ(否定しない)、その上で、こんな考え方もあるよと違う価値観を提示する。それが司書に出来る限界でありながら、最大の仕事ではないかと思うのです。

生徒たちの居場所を作り、生きる力をつける

学校司書に出来ることは限られているけれど、もし、SOSを出している生徒がいたら、今の居場所を作る手伝いと、将来の居場所を見つける支えになることは出来ます。

そのためには、学校司書自身が具体的な解決方法を知ることが重要だと考えます。

例えば進学に関する事だったら、奨学金について知っておく(2019年に変わりますよ!)とか、ある程度の進学情報としてセンター試験の〆切りや、AO入試の傾向について知るとか、就職だったら卒業生の就職先を把握しておいたり、就職活動の流れを把握することなど。

アンテナを張っておくと、意外なところから情報が転がり込んでくることもあります。たまたま学校に遊びに来ていた卒業生が希望先の企業に就職していて、アドバイスをもらえたり、実情を話してもらえたり。

学校司書は本を媒介として、生徒に繋がることができるのです。しかも師弟関係に縛られることのない、教師よりももう少しフラットな関係で、より本音が聞ける位置にいる大人として。

そして私達学校司書の支えで、生徒の将来がより良いものになったなら、それは生徒にとって生きる力となることに違いないと思うのです。