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祝!映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」最低で最愛のダメンズ

太宰治は、毒なのです。
しかも中毒性を持っている。

だから愛読者であることを周りに知られたくない。
ましてや太宰が好きですなんて、人前で声に出来るはずもありません。

ヒロポンと一緒です(多分。わかんないけど)。
やめられないんです。

ひとつハマれば次の話、読み終わったらその次へ。
次々と読み倒してどっぷりとダザイ色に染まった頃、突如として終わる。

遺作に突き当たる。

そうか、とうとう、逝ってしまったか…。
でも、何故か安堵感も伴っていたりします。

太宰の晩年の作品には、坂道を落ちる狂気しか感じられません。

本当は誰よりも面子が大事で、プライドが高くて、完璧主義で、頭の良さも自負しているからこそ、命がけで疾走するしかない辛さ。

元の世界には戻れず、新しい世界には拒まれ、そうしてさまよう魂は弱者に限りなくやさしい。

そんな弱さに、赤裸々に駄目な自分をさらけ出した太宰に、人はホッとするのです。
駄目なのは自分だけではないと共感する事で救われる、魂の救済の文学。

「太宰を語るは、己を語る」の一言に尽きると思います。

2019年は太宰生誕110周年

今年は生誕110周年の記念すべき節目に当たります。
河出書房新社からも文藝別冊『永遠の太宰治』が発刊されました。

また、太宰の作品をモチーフとした映画も次々に発表され、9月に蜷川美花監督『人間失格 太宰治と3人の女たち』、11月にアニメーション映画『HUMAN LOST 人間失格』、来2月に成島出監督『グッドバイ』が公開予定です。

監督の川映画『人間失格』で太宰がインパネスで土手を歩く姿や煙草を燻らせる仕草は、写真から本人が出てきたんじゃないかと感じられるほどリアルな描写。

気まずそうに前のめりになって玄関から出ていく様子などは、妻・美知子さんの随筆の通りで思わず微笑を誘います。

当時の文壇や出版業界の雰囲気もリアルで、しかも三島が登場するというオマケ付きです。

三島もなかなか屈折した人物で、この人の弱さゆえの強硬な信念が実は太宰の相似だと思うのですが、太宰が絡んだ著名な作家群から彼を選んだあたりが蜷川監督流ですね。

随所に太宰作品のディテールが散りばめられていて、色彩鮮やかな蜷川ワールドの太宰を堪能できる作品です。

太宰の華麗で波乱に富んだ人生年表

太宰は人生において自殺(未遂含む)を5回起こしています。

そのうち心中は3回

他にも薬物中毒で入院したり、妻の不貞で離婚したり、東大を除籍されたりとなかなか波乱の人生です。

しかしそういった出来事は唐突に起こるわけではなく、やはり前後には原因となるだけの理由があります。

どちらかというと、自分の意志よりも流されるがままに人生を漂った太宰。
その源流となる生まれから、年表でに沿ってその歩みを紹介しましょう。

生まれ育ちも華麗な幼少期

  • 明治42年6月19日青森県金木村に生まれる
    父が衆議院議員の裕福な新興地主の家に生まれたこと、六男であること、生家を出て乳母の手によって育てられたことなど、複雑な要因を含んだ生い立ちとなっている
  • 学童時代は尋常小学校を最優秀で卒業、県立青森中学校も優等な成績で卒業
  • 弘前高等学校に入学後の遊蕩生活中に、芸妓の小山初代と知りあう
  • 高等学校のあたりから、同人誌を創刊するなど小説を発表し始める

悩みが生じ始めた学生時代

  • 弘前高校時代(20歳)s4.12共産党に影響され、苦悩でカルモチン薬物自殺未遂
  • 東京帝大時代(20歳) s5.4仏文科に入学するがほとんど出席せず、共産党の非合法運動に従事する
  • 大学1年目(21歳)秋頃 芸妓の初代との結婚を望むが、分家除籍を条件とされる
  • 同年11月 実家から除籍のショックで田部シメ子と心中未遂(相手は死亡・シメ子との面識はほぼ無し)
  • 大学1年目(21歳)s6.2初代と五反田で暮らし始め、共産主義の非合法活動に加わる
  • 大学3年目(23歳)s7.6初代の不貞を知りショックを受け、共産主義活動を警察に自主する
  • 大学3年目(23歳)s8.2「太宰治」の筆名で、各雑誌に作品を発表し始める
  • 大学5年目(25歳)s10.3就職活動の不合格に悲観、首つり自殺未遂
  • 大学6年目(26歳)s10.4腹膜炎で入院、治療薬のパビナールで中毒になる
  • 大学6年目(26歳)s10.9学費未納で東大を除籍(中退)

文壇と乱れた私生活(太宰文学 前期終盤)

  • (26歳)s10.8芥川賞にノミネートされるが落選
  • (27歳)s11.2パビナール中毒で入院
  • (27歳)s12.3小山初代の不貞に悩んで、初代とカルモチン薬物心中未遂
  • (28歳)s12.6離婚

妻・美知子との穏やな時間(太宰文学 中期)

  • (29歳)s14.1井伏鱒二の媒酌で東京女高(現お茶の水女子大)出の教師・石原美知子と結婚 甲府市に新居を構え1男2女に恵まれる 後に上京
  • (30歳)『国民新聞 短編コンクール』に当選、単行本『女生徒』が北村透谷賞に選ばれるなど、作家として成長をとげる

狂気の渦に飲み込まれて(太宰文学 後期)

  • (36歳)s20.4戦争空襲にて、甲府を経て津軽の生家に疎開する
  • (37歳)s21.11東京三鷹の自宅に戻る
  • (38歳)s22.2歌人・太田静子の元に滞在
  • 同年4月 美容師・山崎富栄と知りあう
  • 同年11月 太田静子に娘が生まれる
  • (39歳)s23.6山崎富栄と玉川入水

もっと太宰を知りたくなったら

太宰は70年も前に亡くなった人物ですが、今でもこれだけ強い吸引力を持って読者を魅きつける作家はいません。

彼の持つ自意識との葛藤、社会と自分との距離感といったテーマが、現代の私たちにもそのまま当てはまる悩みだからでしょうか。

70年を経てもなお彼の苦悩がまったく古さを感じないのは、彼の力量によるものです。

太宰は自身の苦悩を、命を削り醜態をさらしながら深く思想して表現します。

だからこそ人間の本質を捉えんとする言葉に若い読者は共感し、大人になった読者は深く噛みしめます。

とくに、狡さや怠惰な心といった目をそむけたくなる部分につての洞察は、共感を通り越して逃げ出したくなるほどです。

たった39年の生涯を、人間味濃く駆け抜けていった作家・太宰治。

内容だけでなく、文体のリズムの良さ、さり気ない言葉遊びや表現のセンスなども含めて、彼の作品は2度、3度と読むほどに発見があり飽きることがありません。

しかも文章の陰に見え隠れするリトル太宰が「君の悩みをわかるのは僕だけさ…」と囁き続けるので、私たちは読むことから逃れられないのです。

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もっと太宰が知りたくなった方には、是非こちらがおすすめ。
さすが美知子さん、お茶の水出身の才女がうかがい知れる文章です。

こちらは『斜陽』の元となったと言われる『斜陽日記』。

斜陽をもとに後から書いたのではないかという論争もありますが、それは読んでのご判断。

『斜陽』よりも人間味が濃く、荒削りながら生きる力が強く伝わってきます。