世の中の「普通」とは何なのか
主人公は家内更紗という一人の女性。マイペースな母親とそんな母親を愛する父親によって世間の枠には縛られない育ち方をした彼女が家族を失い、親戚の家に引き取られます。
もう一人の登場人物の文という青年、育児書に縛られた母親によって「正しい生き方」の範疇からそれることなく育てられ、枠から一歩も外に踏み出る事が出来ない性格。
そして誰にも言えない悩みを持つ青年と、心を病むほどの苦しみの中で生活する少女が交わった時に「事」は起きるのです。
父親の病死から始まる更紗の境遇の変化に比べて、文青年の生い立ちは至って平凡です。いささか教育熱心ではあるけども、世の中の標準的な価値観を持っ母親であり家庭なところが、また物語のポイントです。
孤独感、苦しさ、真実や差別。誰にも理解されず、思うままに生きれない、更紗と文のもどかしさ、想いの切なさ。
世の中の「普通」とは一体何なのか、そして彼らの関係性を正しく表す言葉が私には見つかりません。
「月」として生きる人々
文字にしてみれば、ネグレクト、性的虐待、小児性愛、小児誘拐、家庭内暴力、DV等々、愛も慈しみもない人間関係が基軸となります。
個人的には教育熱心な文の母親の「正しさ」への強迫的な態度は印象的でした。
母親自身が子育てについて、或いは自分の育ちについても視野の狭い世界で暮らしてしまったのでしょう。
とは言っても、子どもはその影響を大いに受け、苦しみながらもがいて生きている事実。決して大げさすぎないステレオタイプの教育観の中なのに。
現に兄は何事もなく伸び伸びと暮らしている…好むと好まざるにかかわらず、そうした親子の負の連鎖もとても繊細に描かれています。
陽のあたる場所で生きられない人達。
でも更紗と文は、たとえ月でも明るく輝いています。自分たちの楽園を求めながら、流浪の民となって世の中で生きていくのです。
読み終わってなお、ザワザワとする心の余韻は何だろうかと自問する時間が続いています。
この本が大賞を受賞したことの重み
多様性が叫ばれて久しい世の中でも、まだ早いのではないかと思われる内容だと感じた読者が多かったのではないでしょうか?
この作品自体も、更紗と文のように世間から受け入れられない種類のものではないかと、固唾をのんで見守っていましたが、そんな心配をよそに、あっさりと 本屋大賞を受賞してしまったので、正直最初は信じられませんでした。
世の中の意識がずいぶん様変わりしたことを、感じた瞬間です。嬉しいと同時に、何か襟を正すような気持ちになったことも告白しておきます。
まだまだ、孤独や弱さからの一方的な暴力が多い世界。規制法が出来たとはいえ、すぐに無くなる類の問題で無い事は誰の目にも明らかです。哀しい現実ですが。
二人の苦しみは誰にでもふりかかるものかもしれないと思わせるような、圧倒的な一冊でした。
私達はこの物語が名のある賞を受けたということの重みを、もっと「現実的に」受け止め生きていかなければならないと感じます。それが読者としての最大の務めなのではないでしょうか?