司書のしごと

図書館に「紙」の意義はあるか?

読書用端末としてタブレットを使う人も多くなりました。
読書専用端末は持っていなくても、学生であれば電子辞書を使っている人はとても多いでしょう。
文字の世界がこのままデジタル化されたとしたら、図書館の本も「紙」ではなくなってしまうのでしょうか。
今回は図書が「紙」であることを考えてみたいと思います。

日本の図書館はどのくらい利用されてる?

現在、日本全国には約3300の公共図書館があり、蔵書数は4億4千万冊です。年間のべ3億4千万人が訪れ、その貸出数は6億9千万件を超えています(2018公共集計)。

活字離れも危惧されていますが、それでも本への関心は衰えを知らず、図書館利用者数は年々増加しています。

芥川賞や直木賞といった文学賞の発表は必ずニュースに取り上げられ、書店員が選ぶ「本屋大賞」などユニークな動きもみられ、店頭でベストセラーは瞬く間に売り切れます。

図書の世界の止まらぬデジタル化

ついに今春からデジタル教科書が始動

そんな中で、満を持しての登場ということになるのでしょうか。
平成31年4月から紙の教科書と並行して、同じ内容の「学習者用デジタル教科書」が使用できることになりました。

認定されるだけのメリットがあります。デジタル教科書は文字の拡大や色の変更、音声読み上げ機能を加えられるため、第一に障害(視覚や文字認知など)のある生徒の学びの助けになります。そして次に、英語の発音を聞いたり、立体の図形を画面上で回転させること等が可能で、ユニバーサルな点からも深い学習をすることができます。

しかしながら、まだ紙に比べて利便性が低いのも現実です。必要であればいつでもどこでも使うことができる紙の教科書と違い、電源や電波なども必要です。それに現段階で無償ではないので機材の費用の問題や、画像を凝視することが視力低下につながることも否めません。

デジタル化が顕著なのは「新聞」

そうは言っても、本の世界にデジタル化の歯止めはかかりません。中でも、図書館で顕著なのは「新聞」です。

公共図書館の中で朝もっとも賑わいがあるのが新聞コーナー。50代以上(本当は多分60代以上がほとんど)が競ってお気に入りの新聞を読もうと、我先に訪れます。常連の方々が多く、我先にと闘争心や牽制も見え隠れしつつですがそこは図書館、一応私語(というか口論)はお控えいただいてるので、無言の圧でそれぞれ新聞を読んでいらっしゃいます。

びっくりするのは、それに対して苦情をいう若者(10代20代)の意見の内容です。その争いに対する苦情ではなく(私語がうるさいとか、駆け込む足音が迷惑だとか)、“新聞をめくる音がうるさくて読書に集中出来ない”なのです。

新聞を家で取る家庭が少なくなり、聞く機会が無いため新聞をめくる音が「雑音」にしか聞こえないという事実。数秒置きにめくるわけではありません。ゆっくりじっくり読みたい方ばかりなので数分に一度、それも遠慮がちに。それにも関わらず、です。
だって、隣の人のキーボードをたたく音は気にならないのですから。いかに新聞離れが進んでいるかがわかるような気がします。

新聞紙は確かに紙面も大きく、めくる音は大きいかもしれません。しかし広げて見れば、興味があってもなくても目の中に見出しが飛び込んできます。記事まで読み込まなくても認識され、思いがけず注意をひき知識になることもあります。その点、デジタルで新聞ニュースを読む時には、選択し切り取った部分の読み込みになります。どうしても自分の興味ある分野に偏ってしまうのです。それがよいと思うか否かは、単に世代だけの問題ではないような気がします。

しかし勿論、全機能がデジタル媒体が紙に劣るわけではありません。利便の観点から見たら、デジタル化は圧倒的有利です。個別の持ち運びもいらず、場所も取らず、発行時間も関係なくいつでも読むことが出来ます。探したい記事はほぼ確実に見つけられ、読みたい欲求に即答してくれる点でもこちらに軍配が上がるのは尤もなのです。

図書館から紙の本が無くなる?

図書館の一面の書棚に詰まった本、本、本…。それは、まさに人類の英知、知の宝庫!
本の壁を一目「見る」だけで、その膨大さが理解できます。
これこそが図書館、「紙」の存在感である!と言えそうですが、日本初の電子書籍図書館が始まったのは2007年。千代田区立図書館が全国に先駆け、インターネット上で貸出・返却が出来る『千代田区web図書館』を開始しました。なんと今から10年以上も前の話です。その後も増え続け、現在76館の公共の電子図書館が開館されています。

紙媒体のメリット

閲覧機能

ブラウジング性能と呼ばれたりしますが、紙の書籍の良さとして第一に取り上げられる機能が“一覧性”です。ぱっとめくって「見渡す」ことが出来るのは、やはり見開き読みが出来る紙の書籍。ディスプレイに対する優位点は比を見ません。紙の書籍は一冊一冊著者の意の元に大きさを決めて出版している訳ですから、一律同じ大きさに収まってしまうディスプレイには反映させることが出来ないのです。
またページをめくる手と目の連動の素晴らしさは、電子機器でスクロールしてみて改めて気づきます。じっくり読み込んでもう一度前まで戻ったり。大体の見当をつけてパラパラとめくったり。手動だからこその読み方があります。
その他にも紙の柔らかい色彩が長時間読んでも目が疲れない、同時に何冊も開いて読み比べることが出来る、などがあります。

信頼性

イメージも含めて紙にはデジタルにはない信頼性があります。紙媒体は発行後に更新することが出来ません。一度印刷されて世に出たら他者からの書き換えが出来ない点が、信頼性と客観性になります。その特徴が、引用の正確さが求められる論文や、改ざん修正の危険性が伴う分野で求められるので、著者・編集者・発行責任者と多くのチェックが入るのです

耐久性

現存している世界最古の紙の製本は約2500年前のもので、ブルガリアの首都ソフィア世界史博物館にあります。既に失われた言語で書かれているくらい、古い。
一概に和紙は1000年・洋紙は100年と言われ、一般人が手に入れられる範囲で一番耐久性が高い記録媒体は紙です。
半永久と言われていた光ディスクや磁気ディスクですが、良い保存状態下であっても予測寿命は20年ほどだと言われています(「電子情報保存に係る調査研究報告書」平成15年3月、出典 株式会社極東マイクロ)。何年かぶりに使用したら再生出来なかったというのはよく聞く話で、落下や湿度、温度にも弱い。それに比べ紙の何と丈夫な事…。泥の中に落とした本を水で洗っても、取りあえずは読めるので資料情報物として使えますし(ガバガバになりますが)。そんなことが出来るのは紙くらいだろうと言われています。

所有性

第一に、紙媒体は物として対象化できる、愛着の対象に成りうるということ。実際に触れることのできる媒体なので、和紙や光沢紙、辞書などの薄紙など特質も楽しむことが出来ます。印刷の濃さ薄さ色調も製作者の意図通りにダイレクトに伝わります。そして手元にあるということは、いつでも同じものが必ず読めるということになります。
第二に、物理的に保管していないデジタル媒体、はコンテンツ管理がなくなってしまえば読めなくなってしまう点です。これは情報ジャーナルなどの場合が顕著ですが、現物を持たないということは、そのような危険もはらんでいます。

紙であることの意義

紙媒体の優位性を並べてみましたが、調べれば調べるほどメディアとして「紙」の優等生ぶりが浮き上がってきます。本当に、紙って優秀です。ブラウジングや耐久性といった機械の技術的な部分や、コンテンツ管理などの制度的な部分が改良されて、紙を超すことはあるのでしょうか。

ペーパーレスが叫ばれて久しいですが、紙媒体が主流ではなくなる時代は多分間違いなく来るでしょう。
しかし図書館が、将来へ向けての保存と、保存した資料の利用可能性の維持を真摯に考えるならば、「紙」であることを簡単にやめることはないと思います。紙でさえあれば、どのような状況下でも使うことが出来るのですから。

紙の本の意義は、きっと利便性を超えたところにあるのではないのでしょうか。
誰にも等しく平等で、普遍的で、優しく愛しく頼りになる。本にはいろいろな楽しみ方があってよいと思うのです。情報を得るだけではない、物としての価値を求めたっていいはずです。言ってみれば、情報以外の価値にこそ、これからの紙の本の価値は出てくるのかもしれません。それが意義につながれば、紙の本は永遠に存在し続けると思うのです。